2020年10月10日土曜日

生石神社-兵庫県高砂市


兵庫県高砂市阿弥陀町生石171にある、「生石(おうしこ)神社」です。
ここは、石の宝殿と呼ばれる巨大な石造物を神体としており、宮城県鹽竈神社の塩竈、鹿児島県霧島神宮の天逆鉾とともに「日本三奇」の一つですって!!

ここは知る人ぞ知る強力なパワースポットだそうです!!


ちなみにアクセスはいいのですが・・・ここの駐車場・・・
真砂土なんです(;^_^A


なので、私らはその先まわっての側道みたいな所に駐車させてもらいました。(めっちゃ蚊が多かった!!)

 


参道はこちらみたいですね(;^_^A
石の宝殿は、「国の史跡」で横6.4m、高さ5.7m、奥行7.2mの巨大な石造物で500tもあるって!!
はい、ドーン!

これを掘り込んでいったみたいですね!!すんご!!
水面に浮かんでいるように見えることから「浮石」とも呼ばれているそうです。
誰が何の目的でどのように作ったかはわかっていませんが言い伝えは残ってるみたいです。
山形県にも同名の「生石神社」があるそうで、当社の分社と言われてるそうです。

「 社伝では、崇神天皇の時代、国内に疫病が流行していたとき、石の宝殿に鎮まる二神が崇神天皇の夢に表れ、「吾らを祀れば天下は泰平になる」と告げたことから、現在地に生石神社が創建されたとしている。
 石の宝殿について『播磨国風土記』の大国里の条には「原の南に作り石がある。家のような形をし、長さ二丈、広さ一丈五尺、高さも同様で、名前を大石と言う。
 伝承では、聖徳太子の時代に物部守屋が作った石とされている。」という意味の記述がある。
 聖徳太子が摂政であった時代には物部守屋はすでに死亡しており、矛盾をはらむ記述ではあるが、8世紀初期には6~7世紀頃に人の手で造られたと考えられていたことになる。風土記が一般に流布されたのは江戸時代後期からであり、それまでの石の宝殿に関する文献で風土記の内容を継承したものは見られない。
 『万葉集』巻三、生石村主真人の歌にある志都乃石室は石の宝殿のことであるとも言われるが定かではない。 石の宝殿は8世紀以前からあったことになるが、生石神社は『延喜式神名帳』や国史に掲載されておらず、『播磨国内神名帳』の「生石大神」が文献上の初見であるとされる。『峯相記』では生石神社・高御位神社の解説で「天人が石で社を作ろうとしたが、夜明けまでに押し起こすことができずに帰っていった」という内容が記されており、この時期には石の宝殿は人の手によるものではないとする伝承が生まれている。
 『播州石宝殿略縁起』では「神代の昔、大穴牟遅と少毘古那が国土経営のため出雲からこの地に至り、石の宮殿を造営しようとして一夜のうちに二丈六尺の石の宝殿を作ったが、当地の阿賀の神の反乱を受け、それを鎮圧する間に夜が明けてしまい、宮殿は横倒しのまま起こすことができなかった。
 二神は、宮殿が未完成でもここに鎮まり国土を守ることを誓った」となり、『峯相記』より具体的な神格が与えられている。
 成務天皇11年、羽後国飽海郡平田村生石(現 山形県酒田市大字生石)に当社の分社が作られた。 1579年(天正7年)、羽柴秀吉が三木合戦の折、神吉城攻略のために当神社を陣所として貸与するよう申し出たが、拒否されたために焼き討ちに逢わせた。(当時の宮司は神吉城主の弟であった。)
 焼け残った梵鐘は持ち去られ、関ヶ原の戦いの時に西軍石田三成方の勇将大谷吉継が陣鐘として使用した。敗戦の結果、徳川家康が戦利品として美濃国赤坂の安楽寺に寄進している。
 鐘の表面には、応永26年乙亥(1419年) 「播州印南郡平津庄生石権現撞鐘」と刻まれている。」(HPより引用)

浮石の隣には霊岩があり、この石を精一杯の力で押した後、自分の悪い箇所をさすれば直ると・・・
私はすかさず腰と頭皮を!相方には頭をなでるよう指示( ̄ー ̄)ニヤリ

その先には浮石を上から見下ろせる場所へ登ることができますが。この階段も彫ってるんです!!

上までのぼればこんな展望が!




もっと登ればすぐ頂上です。

これも全部岩です。
天気が良ければ姫路城も見れるとか。

ここの地質なんでしょうが、一見ぱっとみたら何も感じないと思いますが

じつはこの下の平らな部分コンクリートではないんです。
これも岩!!まるでコンクリート舗装してるかのようですね!!

ちなみに、駐車場から鳥居までにも古墳が・・・

石の棺桶ですね。これどかでも見たようなと思ったかた!
そう河童がでてくる公園、辻川山公園にもありました!!


グーグルのレビューで誰かが書いてましたが・・・人工物で何のありがたみも感じなかったとか書いてましたね。確かに人工物ですがあそこの岩盤を掘り下げてあそこまで当時作ったのはすごい。
某テレビ番組の中で高層なお坊さんが言ってました、最近の傾向は出来上がった物に対して評価する傾向がある。ここまでのプロセスを知ろうとしていない、見てもいないとか知ろうとしていない。・・・なので出来上がったものに対価(お金)を払ってるのだから自分の意にそわなかったらすぐ文句をいう。クレームをつける傾向があると。
まったくその通りだな~って感じさせるコメントであった・・・・って余談ですね

ここでの滞在時間は55分でした。

こちらの天気は「ウエザーニュース高砂市」を参考にしてください。



2020年10月3日土曜日

辻川山公園-兵庫県福崎町

兵庫県神崎郡福崎町西田原にある、「辻川山公園」です。
TV等で河童が池から出てくる様子を放送され話題となってる公園です。


そんな場所はこちら↓

アクセスもいいです。

駐車場はこんな感じ

ここの公園なんでかっぱなの?って思われる方も多いでしょうが、ここは柳田國男の生誕の地なんだそうで、その関係で妖怪がうじゃうじゃ(笑)




9時~ 17時の毎時0分・15分・30分・45分に水中から飛び出てきます。
 ※6~9月は18時まで出てきます。







↓は妖怪小屋の逆さ天狗です動画を撮ってるのですが容量の関係でUPできないので、自分の目で確かめてみてください。
9時5分~ 17時5分の毎時5分・20分・35分・50分に小屋から飛び出てきます。
 ※6~9月は18時5分まで出てきます。



↓こちらは柳田國男の生家ですね
いい雰囲気です
さすが医者の家だけあっておくどさんが座敷の方をむいてます!!

昭和49 年に國男のゆかりの地、鈴ノ森神社の傍に移築されたそうです。

ちなみに、柳田國男とは誰?って方に


民俗学の父、柳田國男がいなければ、この世に『日本昔話』も『ゲゲゲの鬼太郎』も、さらには『ポケモン』や『妖怪ウオッチ』も生まれていなかったかもしれません。それほどまでに、柳田國男が後世に与えた影響は大きいのです。

柳田以前、全国各地に残された民話や伝承は体系づけられておらず、極論すれば “噂話や世間話” の域を出ることはありませんでした。柳田國男が全国を周り、八百万の神(やおよろず=万物に宿る神々)のみならず、妖怪や物の怪にまつわる言い伝えまで “文学” に昇華させたことによって、現代を生きる私たちにも “見えざるもの” の存在を知ることができているのです(ちなみに芥川龍之介の小説『河童』も、柳田國男の影響で生まれたと本人が語っているそうです)。 有名な『遠野物語』をはじめ『妖怪談義』『日本の昔話』『一目小僧その他』など、数多くの著作を残した柳田國男ですが、彼が初めて “人ならざるもの” と “出会った” 場所こそ、ふるさとである福崎の地でした。
「福崎町環境協会HPより引用」





↓は柳田國男・松岡家の記念館です。

この石の棺桶、柳田國男とは関係ないのですが、ここらの地質に関係してるみたいです。
ちょっと離れてはいますが、高砂市に日本三奇 石乃宝殿「国史跡 生石(おうしこ)神社」ってのがあります。
そこに行けば( ̄ー ̄)ニヤリ

ここでの所要時間はゆっくり廻って45分ぐらいでした。

こちらの天気は「ウエザーニュース福崎町」を参考にしてください。


2020年9月26日土曜日

コンビニエンス おかばやし 香北店-高知県香美市

高知県香美市香北町美良布1347−1 にある「コンビニエンスおかばやし香北店」です。
ここは、コンビニって言うても通常のコンビニと違い、いろんなものを置いてます。

高知県では名の知れたお店です。いや四国と言っても過言ではないかも!!

195号線沿いにあり、アンパンマンミュージアムや龍河洞の近くにありますので、ついでに寄ってみるのもいいかもです。


こちらの店主もともとはこちらの出身だったらしく、勉学や結婚で上京、東京で住んでたいたらしいのですが、子供の事を考えUターン、偶然が重なりこちらを始めたそうです。


といっても雑貨がいっぱい(笑)

でもメインはそこじゃありません!表の看板にもありますが、「こだわりしふぉんのお店」なんです。
スィーツがおすすめなんです!!
200種類以上にも及ぶスィーツが陳列棚にびっしりと!
スィーツ好きにはたまらないんではないでしょうか!!


なかでもOKABAぷりん(250円)と陶器(和式便器)に入ったプリン!!
見てのとおりOKABAプリンはマヨネーズみたい!
陶器に入れられたプリンは・・・そのまんま「便器のプリン」
陶器代だけで売ってるらしぃです。(1200円+税)




因みに家まで130kmぐらいバイクの後ろで揺られたので、上に乗ってる生クリームの形が崩れちゃってますが(;^_^A ↓



キャラメルソースをかけると・・・

あれまぁ~

カレーをいれたらほんまもんみたいやろな~!!

ってことで

もちろんやりました!

はい、ど~ん!

(*´Д`)

びち〇ん みたいですね(笑)
お腹壊してて・・・もう我慢できなかったんですって声が聞こえてきそう(笑)

まーそれはさておきロールケーキやシフォンケーキ等々も置いてたので是非!

ちなみに2019年12月からはイートインもできており店内で食べる事もできるそうです。
これはライダーにとってはありがたいですね!!
ちなみに通販もしてるみたいですよ!

こちらの天気は「ウエザーニュース香美市」を参考にしてください。






2020年9月22日火曜日

トロ兄ィー食堂 - 兵庫県南あわじ市

兵庫県南あわじ市広田広田892にある「トロ兄ィー食堂」です。

ここは、マグロの卸業者さんが営む店で、結構繁盛してます。

私らが行ったのは閉店間際の13:30でしたが、平日にも関わらずそれでも待ちました。

一応営業時間は11:30~14:00(日曜定休)

店に入る前に店の前に置いてある髪に名前と電話番号を書いて店員さんに渡し、用意ができたら着信があります。

赤身&ネギトロ丼1000円

そんなお店があるのはこちら↓









私が食したのはマグロカツ定食1000円也~


ちょっとご飯が私らには硬かったですが、ボリュームがありがっつりいただきました。
しかし、ここの駐車場・・・砂利なんです(;^_^A
ほらね(;^_^A
ちと怖かったです。

こちらの天気は「ウエザーニュース南あわじ市」を参考にしてください。

2020年9月19日土曜日

おのころ島神社-兵庫県南あわじ市

 兵庫県南あわじ市榎列下幡多415番地にある。「おのころ島神社」です。
ここは、縁結びのパワースポットとしても有名です。

でっかい鳥居です!
因みに駐車場は鳥居の前にあります。




遠くからみてもこの大きさ!!


古事記・日本書紀によれば、神代の昔国土創世の時『伊弉諾命』『伊弉冉命』の二神により創られた日本発祥 - 国生みの聖地 - 『自凝島神社』です。




なんとも言えない雰囲気が漂っていました!





階段を昇ると、石段を登るとそこには赤と白のロープを巻いた 岩があります、鶺鴒石(せきれいいし)と書いてました。
 
 


 伊弉諾命(いざなぎのみこと)・伊弉册命(いざなみのみこと)の二神様は、正殿前にあるこの石の上につがいの鶺鴒(セキレイ)が止まり夫婦の契りを交わしている姿を見て、夫婦の道を開かれ御子様をお生みになられました(HP引用)
ちゃんと拝み方もあるんです!!
一人で来た時 新しい出会い希望 白→赤 を握って祈願
今の絆を深めたい 赤→白 を握って祈願
二人で来た時 男(赤) 女(白)の綱をもって、手を繋いでお祈り
とありました。
 
  



これが本殿です。
  




御神木だったんでしょうね~
一応、丁重に祀ってありました。


正殿の西側御奥に八百萬神社があり、 伊弉諾命・伊弉册命の御子神様がおります。








淡路島には国生み神話が伝わっていますが、神社は特に神話ゆかりのスポットとして有名。イザナギとイザナミが降りたった葦原国(あしはらのくに)、天の浮橋(あめのうきはし)のスポットも周辺にありますので、ぜひ足を運んでみましょう。

ちなみに天の浮橋はこちら↓


下の写真のとおり、住宅街の中にポツンとあります。駐車場はありません。
近くに「おのころ島神社参道入口」という石碑があります私らはここに置かせてもらいました。
参道入口から道なりに南西に進むと、あります。



「古事記」「日本書紀」によれば、神代の昔、国土創成のとき伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冉命(いざなみのみこと)の二神が降り立ったのが「天の浮橋」で、天の瓊矛(ぬぼこ)で海原(うなばら)をかき回したとき、その矛より滴る潮がおのずと凝り固まって島となったのが自凝島(おのころじま)【碬馭廬島(おのころじま)】であると伝えられている。なお、ここから北西に約四百メートル(榎列(えなみ)郵便局横の道を西に進む)の田の中に「葦原国(あしはらのくに)がある。「現地案内板より」
 



ここが降り立った地か~・・・