2021年12月18日土曜日

鹿岡の夫婦岩-高知県室戸市

高知県室戸市にある「鹿岡の夫婦岩」です

室戸岬のちょっと北にある場所ですが、海岸線をぼーっと走ってると通りすぎちゃうかも(笑)




大きさは割とありますので、すぐわかるはずです!

室戸から北上した場合こんな感じで見えます!







訪れたのは1月の半ばだったと思いますが。
あまりにも風がつよいと近寄れない場合もあるみたいです。


この日も割と風がつよく岸壁に押し寄せる波がすごくて
水しぶきをあげておりました。


散策も数分でできます。


こちらの天気は「ウエザーニュース室戸市」を参考にしてください。




2021年12月15日水曜日

楯築遺跡ー岡山県倉敷市

ぶらタモリでしてたので、岡山県倉敷市にある「楯築遺跡」に行ってみました。


 倉敷市域北東の岡山市と境を接するあたりに広がる王墓山丘陵の北端、楯築神社の境内を中心とする弥生時代後期の墳丘墓です。

楯築遺跡(たてつきいせき)は、自然地形を利用し盛り土を行って整えられて墳丘の規模は、現在知られている弥生時代の墳丘墓としては最大級らしい。

円丘部は径約50m、高さ5m。墳丘頂部には5個の巨石が立っており、墳丘斜面には円礫帯がめぐっています。

公園は右手ですが、駐車場は左にありますが・・・

未舗装なので気を付けて!!



王墓の丘史跡公園案内
 王墓の丘史跡公園は、王墓山丘陵に残された貴重な遺跡群を広域的に保存・公開するため約6.5ヘクタールの区域について整備を行ったものである。
 公演は、楯築(たてつき)地区・日畑赤井堂(ひばたあかいどう)地区・王墓山地区の三つの地区に分かれている。これらの地区には、楯築遺跡(国指定遺跡)・王墓山古墳(県指定史跡)・日畑廃寺(市指定史跡)などの史跡のほか、総数60基にものぼる古墳が残されている。
 これらは吉備地方の歴史を考えるうえで欠くことのできない重要な遺跡であり、長く後世に伝えていかなければならない。
~現地案内板より~


「楯築遺跡(たてつきいせき)

 弥生時代後期(2世紀末頃)に造られた墳丘墓。墳丘は、やや歪んだ円形を呈する円丘部とその両側に長方形の突出部をもつ特異な形をしていますが、突出部の大部分は昭和40年代に行われた住宅団地造成の際に破壊されました。消滅した突出部を含む全長は約80mと推定され、同時期の墳丘墓では全国でも最大級の大きさを誇ります。

 昭和51年から平成元年にかけて、岡山大学考古学研究室が中心となって発掘調査を実施し、遺跡の全体像があきらかとなりました。

 5個の巨大な立石がある円丘部からは、2基の埋設施設が確認されました。このうち中心主体となる埋設は、円丘中央部に掘られた長さ9mの巨大な墓壙を伴い、木棺の外側を木の板で囲んだ木棺木槨構造(もっかんもっかくこうぞう)であることがわかりました。木棺内には鉄剣1口と勾玉や管玉、ガラス製小玉などの玉類が副葬されていたほか、歯の小片2点も検出されました。また、棺の底には、総重量32kgを超える大量の水銀朱が分厚く敷き詰められていました。木棺の上方は大量の円礫で埋め戻されており、その中から特殊器台や特殊壺といった供献(きょうけん)土器をはじめ、人形(ひとがた)土製品や土製の玉類などが出土しました。また、墳丘の脇にある収納庫に納められている旋帯文石(せんたいもんせき)(国指定重要文化財)と同様の文様を持つ小形の石(弧帯分石(こたいもんせき))が意図的に割られた状態で発見されており、このふたつの石の関係が注目されます。

 南西部突出の調査では、その先端が給水塔のフェンスの下に存在していることが明らかとなり、平らな面を外側にして立てられた列石が良好な状態で検出されました。また、突出部の前面では、尾根を切断するように掘られた大溝も確認されており、墳丘墓の造営がかなり大規模なものであったことがわかります。

 楯築遺跡は、弥生時代からの古墳時代にかけての墓制の変遷を考える上で重要な遺跡であるとして、国の史跡に指定されています。」

~現地案内板より~

旋帯分石

 収納庫に納められているこの石は、かつて楯築遺跡の上に」建てられていた楯築神社の御神体で、円丘上に今も残る小さな石の祠に長らく安置されていました。石の表面には、帯が円を描きながら複数に絡み合う文様が彫り込まれており、その様子は収納庫の窓越しに見ることができます。正面には、顔と思われる表現が浮彫にされており、地元では別名「亀石」とも呼ばれています。

 この不思議な文様を持つ石は他にも類例がなかったため、その性格や制作時期については長らく謎のままでした。しかし、岡山大学が実施した楯築遺跡の発掘調査で旋帯分石と同じ文様をもつ小形の石(弧帯分石(こたいもんせき))が出土したことから、この石は、楯築遺跡と同じ弥生時代の終わり頃に作られたものであることが明らかとなりました。

~現地案内板より~




こちらの天気は「ウエザーニュース岡山県倉敷市」を参考にしてください。




2021年12月6日月曜日

不動の滝(裏見の滝)星の岩屋-徳島県勝浦町

徳島県勝浦郡勝浦町星谷倉瀬、星谷寺にある「不動の滝(裏見の滝)」は、滝の裏側から眺めることができることから、裏見の滝とも言われています。滝の右壁に刻み込まれた不動明王の下を通り、滝の裏を巡る小道から透かし見る光景は、現実を忘れさせてくれるような神秘的な世界。
 小道を抜けると、その昔、人々に禍をなしていた悪星を空海(弘法大使)が法力で地上に引きおろし、封じ込めたとされる星の岩屋へと続きます。



ここへのアクセスは結構細い道を登らなくてはなりません。
到着地の近くまで行くと駐車場らしき少し開けた場所があります。
一応、車はここまでと書いた看板も

そこからは徒歩ですが、駐車場らしきとこから山手ってのは解るのですが・・・
どっちに行けば??と不安にあります
とりあえず舗装道をのぼってください
登り切ったとこに右手に小道がありますので、そちらへ!
ちなみにまっすぐいくと赤い橋があります
そこからは、「不動の滝」の下の滝を見る事ができます。

さてさて気を取り直して、ルートにもどると、こんな巨木も!!
境内のほうからみるとこんな感じですね!!
滝の裏にぽっかり穴があいてる~

はい、こちらが入口?
頭を下げないとはいれないくらいですが・・・


入ると確かに!見えます~






って私がおすすめしたいのはこの滝じゃないんです!!

写真にもうつってる境内のところぐらいから上に上れます
といっても大変危険ですので、装備をしっかりしてから行きましょう!!


これは上から見下ろしたところ~
ここから沢登がたのしめます!!
シャワークライミングとまではいきませんが・・・
ロープ無しではきつい所が多々

水も綺麗です!

結構上ったと思ったのですが・・・まだこんなとこ














これぐらいすすんだ感じでしょうか、ここで一時間くらい登りましたが・・・
こんな石垣が!!
ってことはここに昔は住んでたんでしょうね!!
それとも何か境内があったんでしょうか??
下山したら住職にきいてみようとおもったのですが、聞けずじまいでした。


源流にだいぶ近づいてんでないでしょうか



あとちょっとだったのですが、相当険しくなったのと、ロープが無ければ無理っぽかったのと時間がなくなったので、今回はここで諦めました。
おそらく2時間ぐらいで登り切れそうでした。

下山は30分少々でした。
素人ながらも沢登をすごく楽しめました。





2021年12月5日日曜日

五宝滝-岐阜県八百津町

岐阜県加茂郡八百津町にある「五宝滝」です。

五宝滝は5つの滝からなる全国でも有数の名瀑。

3段に連なり合計落差が80mになる一の滝・二の滝・三の滝と、剣豪 宮本武蔵が修行をしたという伝説が残る、二天の滝・円明の滝があります。

四季とともに表情が変わる渓谷らしぃ




注意、ここに行くのにグーグルマップで「五宝滝」を指定すると、上の道に案内されるので、近づいたら現地案内板にしたがいましょう!!
駐車場や入園料は無料でした。
トイレもありました。

私が訪れたのは11月の中旬でちょうど紅葉が見ごろでした



ちょいと進むと道が二手に分かれます。
山のほうに登れば滝、まっすぐ進めば、宮本武蔵の公園?



八百津町と宮本武蔵の関係についてですが、現地案内板に記されてました。
「八百津 宮本武蔵伝説
 宮本武蔵(1584~1645)は八百津・大仙寺に逗留したと伝えられている。剣の修行をつみながら13歳より各所で他流試合を行い一度も負けなかったと言われており29歳の時に厳流島の決戦で佐々木小次郎に勝った後、剣術の鍛錬だけでは得られない新たなる境地と兵法を極めるため、禅修行を行ったり幅広い教養を身に着けていった。
 当時、禅僧として高い地位にあった愚堂国師(1577~1661)を京都の沢庵和尚より紹介され国師が中興した、八百津・大仙寺へと足を運んだ。そこには武蔵が座禅を組んだと言われる座禅石があり、国師に入門を請うために三日三晩を通して座禅したと伝えられている。
 数々の他流時代、そして関ケ原の合戦を筆頭に諸国の戦に参戦した武蔵は、やがて禅の境地を極めるために諸国をめぐり歩きその真髄へと導かれいく過程で、当時、木曽西古道や木曽川をはさんで東山道(中山道)そして黒瀬湊など、交通の要衝であるこの地を幾度となく訪れていたことは想像に難くない。
 そして武蔵が修行のために打たれたという五宝滝に隣接する「円明の滝」「二天の滝」は、武蔵の名乗った円明流・二天一流にちなんで名づけられた滝である。武蔵を思うときさまざまな武蔵の姿が八百津のそこかしこに見えてくる・・・。
八百津は武蔵の面影が色濃く残る地なのである。」


すこし整備されすぎてて、私的には感動はなかったですが・・・

その奥になにかあるのかと思えば何もありませんでした(;^_^A


さて、気を取り直して滝へ!!


道が整備されてますので3・2・1の滝へと進めます。
まず最初に見えるのが「三の滝」


少し登ったところにある見晴らし場所がありました、紅葉と滝がいい感じです。

次に、「二の滝」と上に見えるのは「一の滝」

一の滝


そこから、二天の滝・円明の滝へと回れます。
結構階段がきつかったです!!
円明の滝

二天の滝です

水も綺麗!!
二天の滝
 宮本武蔵が円明の滝とともにために打たれたと伝えられている滝である。
 武蔵は30代から40代の頃、禅の教えやこうした修行を通して、剣だけではなく幅広い教養を身につけ二天一流を編み出したと伝えられている。
 この滝の命名はそれにちなんで名づけられたものである。


ここでの滞在時間は45分でした。